燃料噴霧と燃焼の物理現象を解明する
皆さま、こんにちは。
IDAJの水島です。
今回は、オートノマスメッシング熱流体解析プログラム「CONVERGE」の開発元である、Convergent Scienceが公開しているBLOGの内容を翻訳してご紹介します。
今日のエネルギー・運輸業界において噴霧と燃焼は、数多くの技術の中で、私たちが最も信頼する中心的な技術です。内燃機関からガスタービン、バーナーに至るまでの装置を動作させるための基本的な物理プロセスをより深く理解することは、これら装置の効率性と持続可能性を向上させるのに役立ちます。
マサチューセッツ大学ローウェル校 Noah Van Dam教授の混相流と反応流の研究室(Multi-Phase and Reacting Flows Laboratory)では、数値流体力学(Computational Fluid Dynamics:CFD)モデルを使用して、これらのプロセスの研究と特徴付けに、力を入れて取り組まれています。学部生の頃からCFDのファンだったVan Dam教授のアルゴンヌ国立研究所での博士研究員時代の研究対象は、主に燃料特性がエンジン性能に与える影響で、彼はここでCONVERGEと出会いました。マサチューセッツ大学ローウェル校で自身の研究室を立ち上げた後も、学術研究のためのライセンス、トレーニング、サポートを提供するCONVERGEアカデミックプログラムを通じて、CONVERGEを使い続けました。
まさに最初の段階ですべてが始まる:Spray Gインジェクタのシミュレーション
Van Dam教授が自身の研究室に持ち込んだのはCONVERGEだけではありません。噴霧と燃焼モデルに関する研究も継続しました。2020年にはAman Kumar氏がVan Dam教授の研究室に大学院研究助手として加わり、エンジン燃焼ネットワーク(Engine Combustion Network:ECN)Spray Gインジェクタの詳細な数値研究を開始し、インジェクタ形状と噴霧プルームの位置が、下流の状態とエンジンの全体的な性能に与える影響を調べました。
「私が基礎研究に重点的に取り組んできたのは、燃料をどう噴射するか、また混合物がどう拡がるかという、まさに最初の段階で、すべてが始まる部分です」とKumar氏は述べています。「混合気が均質であれば、燃料と空気の混合気が低い燃焼温度で燃焼し、エンジンから排出されるNOx、すす、粒子状物質の量が減少します。」
図1:Spray Gインジェクタの、CONVERGEでの8つのRANSシミュレーションにおける蒸気ペネトレーション長さ(左)と液体ペネトレーション長さ(右)の結果を、実験測定値と比較したもの。
(roi = 噴射率、1w = 1方向、flat = インジェクタトップが平ら、inj = インジェクタトップがカウンターボア、co = カウンターボア出口でのパーセル初期化、no = ノズル出口でのパーセル初期化)
Kumar氏は、レイノルズ平均ナビエ・ストークス(RANS)モデル1とラージエディシミュレーション(LES)モデル2の両方を試しました。調査したのは、インジェクタ先端形状をシリンダヘッドに含める場合と含めない場合、パーセルの初期化をカウンターボア出口で行う場合とノズル出口で行う場合、実験で得られた噴射率を使う場合と、インジェクタ内部流れのVOFシミュレーションからインジェクタの流れパラメータを得る場合、公称のインジェクタ形状を使用する場合とX線スキャンをしたインジェクタ形状を使用する場合などです。噴霧ペネトレーションやその他の大域パラメータを実験データと比較しました。図1は、8つのRANSシミュレーションケースにおける蒸気ペネトレーション長さと液体ペネトレーション長さを実験データと比較したものです。各ケースのペネトレーション長さの結果の差はごくわずかで、またCONVERGEでのシミュレーション結果は実験データとよく一致しています。図2に、RANSおよびLESシミュレーションで予測された液体体積分率の比較を示します。RANSシミュレーションは噴霧の大域的挙動を捉えるのに対して、LESシミュレーションは局所的な乱流の特徴をより正確に捉えています。
図2:VOF-噴霧1方向連成の質量流量、平らなインジェクタトップ形状、カウンターボア出口での初期化を使用した、Spray GインジェクタのRANSおよびLESシミュレーションで予測された液体体積分率2。
エネルギーの未来:アンモニア噴霧のシミュレーション
Spray Gインジェクタの研究に続き、Kumar氏とVan Dam教授が注目したのは、代替燃料、特にアンモニアでした。
「私たちの将来のエネルギーは、運輸やその他のエネルギーシステムから排出される温室効果ガスを削減するものでなくてはなりません。その手段の一つとして提案されているのがアンモニアなどの代替燃料であり、研究だけでなく実際の生産でも有意義な手段となる可能性がますます高まっています」と、Van Dam教授は説明します。
しかしアンモニアの特性は、従来の炭化水素燃料とは大きく異なります。例えば、液体アンモニアの噴霧はほとんどのエンジン運転条件下でフラッシュボイリングとなりやすいため、新たな噴射方法が必要となる可能性があります。Kumar氏はCONVERGEを使って、現在の噴霧モデルがどの程度液体アンモニア噴霧の挙動を捉えられるか計算しました3。
RANS乱流モデルを2つの異なるシミュレーション手法で使用しました。ノズル内のシミュレーションにはVOF法を、下流のシミュレーションにはラグランジュ-オイラー(LE)のパーセルベースの手法を用いています。また、LEシミュレーションでは、噴霧パーセルの初期化に2つの異なる方法を試しました。ノズル内シミュレーションの結果を使う1方向連成手法、そして規定の噴射率を使う方法です。
図3は、ノズル内VOF法を異なる圧力比で使用したアンモニア噴霧のシミュレーションと、実験画像を比較したものです。CONVERGEでのシミュレーションでは、より高い圧力比で噴霧のフラッシュボイリングが発生するのに伴って、噴霧プルームが拡大する様子が捉えられています。
図3:アンモニア噴霧の実験画像(左)と、異なる圧力比でのノズル内VOFシミュレーションにおける、アンモニア液体質量分率のコンタープロット(右)。
フラッシュボイリングが発生しないケースでは、2つのラグランジュ-オイラー(LE)モデルが液体ペネトレーション長さを最も正確に捉えることができ、フラッシュボイリングが発生するケースでは、ノズル内VOF法の結果が最も優れていることがわかりました。カウンターボア形状内側でかなりの量のアンモニア蒸気が発生し、これはCFDシミュレーションでは容易に再現できますが、実験で捉えるのは困難です。Kumar氏は、アンモニア噴霧の研究をが継続し、アンモニアのフラッシュボイリングの挙動をロバストに捉えるための、既存の噴霧モデルの改良に取り組んでいます。
勢いを増す:アンモニア・水素燃焼
前述のように、燃料噴射は内燃エンジンのスタートに過ぎません。Van Dam教授は、下流での代替燃料の燃焼も調査しています。教授は、これらの研究においてアンモニア・水素燃焼の理解を深めるために、ストーニーブルック大学のDimitris Assanis教授を含む他の研究者たちとチームを組みました。
可燃性燃料であるアンモニアと水素にはそれぞれ課題があります。アンモニアは着火しにくく、燃焼速度が非常に遅いですが、水素は非常に反応しやすく、極めて急速に燃焼します。
「水素とアンモニアを混合することで、各燃料が持つ課題の一部を軽減しつつ、現在の炭化水素燃料により近い挙動をする混合燃料を作ることができます。炭化水素燃料での経験は豊富ですから、同様の挙動を示す燃料用のエンジンを設計するのはずっと簡単です」とVan Dam教授は述べています。
マサチューセッツ大学ローウェル校とストーニーブルック大学の共同研究4では、まず、アンモニア・空気、アンモニア・水素・空気燃焼について、いくつかの異なる反応速度メカニズムをテストして、層流燃焼速度と着火遅れに関する既存の実験データに最も良く一致するメカニズムを特定しました。そして、性能の最も優れたメカニズムを採用し、CONVERGEで3次元CFDシミュレーションを実行して、燃焼特性を研究しました。図4は、アンモニア・空気燃焼について、実験のシュリーレン画像とCFD結果の火炎を視覚的に比較したものです。時間ステップごとのシミュレーションの火炎形状は、3つすべての当量比とも実験の火炎形状に類似しています。
図4:異なる当量比でのアンモニア/空気火炎のCONVERGEによる予測結果を実験結果と視覚的に比較したもの4。
アンモニア・空気燃焼と比較して、アンモニア・水素・空気燃焼では、火炎速度がより速く、またこの火炎はスパークイベントに左右されにくく、かつ浮力効果もみられないことを発見しました。アンモニアと水素の混合物は相補的な燃焼特性を実証するものであり、エンジン用途における性能向上につながる可能性があると結論づけました4。
ローウェル校とストーニーブルック大学のチームはアンモニア燃焼の研究を継続し、その成果は2024年のICE Forward Conference5で発表されました。
潮風の味:舶用推進のための旋回バーナーのシミュレーション
Van Dam教授の研究室が研究している先駆的な技術は代替燃料だけでなく、次世代の無人水上艦のための、信頼性の高い推進システムの開発も手がけています。米国海軍研究局との共同プロジェクトにおいては、海洋環境で稼働するバーナーが、塩分を含んだ空気を吸い込むことでどのような影響を受けるかを調査しています。
学部生の研究者であるColin Wildman氏は、Van Dam教授の研究室に加わった2022年にこのプロジェクトに取り組み始めました。プロジェクトの最初のステップは、さまざまなディーゼルサロゲート燃料を旋回バーナーでテストし、どの燃料が最も正確に実験装置の火炎形状と排気ガスを表しているかを特定することでした。SAGE詳細化学反応ソルバーとLES乱流モデルを使用して、Wildman氏は、サロゲートA、サロゲートB、T15、T15 + CH5、T20の5つの異なるディーゼルサロゲート燃料をテストしました6。また、計算効率がより高いRANS乱流モデルでもサロゲートAをテストし、より短時間で妥当な結果が得られるかどうか確認しました。図5は、異なるサロゲート燃料をテストして得られた火炎の温度コンターです。RANSモデルでは、LESモデルに比べより滑らかで円筒形に近い火炎形状が生成され、LESモデルでは、より複雑な火炎構造がより正確に捉えられています。この結果から、ディーゼルサロゲートAを用いるLESモデルを使うことにしました。このプロジェクトの次のステップでは、火炎に塩を加え、燃焼と排気にどう影響するかを確認します。
図5:異なるディーゼルサロゲートでの旋回バーナー火炎の温度コンター6。
研究者としての成長
Wildman氏がVan Dam教授の研究室に加わったとき、CFDソフトウェアの経験は一切ありませんでしたが、Convergent Scienceのオンデマンドのトレーニングコースを受講し、CONVERGEの実務経験を積み、Convergent Scienceのサポートエンジニアと作業することで、熟練のCFDユーザーとして独立して業務を遂行できるようになりました。
「CONVERGEアカデミックプログラムのトレーニングビデオとサポートのおかげで成長することができました。当初は自分が何をやっているのかさっぱりわからなかったことを、懐かしく思い出します。今は自分でシミュレーションを実行できますし、新しい学生が研究室に加わると、私がこつを教える立場になりました」とWildman氏は述べています。
CONVERGEアカデミックプログラムの目標は、学生や研究者に、学術界や他の業界で成功するために必要なツールとスキルを身に付けてもらうことです。アカデミックユーザーはフル機能のCONVERGEパッケージを利用できるため、卒業後、業界でのキャリアにスムーズに移行することができます。Wildman氏のお話から、適切なリソースとサポートがあれば、高度なCFDソフトウェアを習得し、インパクトのある最先端の研究を行えるようになることがよくわかります。
CONVERGEのアカデミックプログラムの詳細は、IDAJへお問い合わせください!
参照文献
[1] Kumar, A. and Van Dam, N., “Study of Injector Geometry and Parcel Injection Location on Spray Simulation of the Engine Combustion Network Spray G Injector,” Journal of Engineering for Gas Turbines and Power, 145(7), 2023. DOI: 10.1115/1.4062414
[2] Kumar, A., Boussom, J.A., and Van Dam, N., “Large-Eddy Simulation Study of Injector Geometry and Parcel Injection Location on Spray Simulation of the Engine Combustion Network Spray G Injector,” Journal of Engineering for Gas Turbines and Power, 146(8), 2024. DOI: 10.1115/1.4063957
[3] Kumar, A. and Van Dam, N., “Liquid Ammonia Sprays for Engine Applications,” ILASS-Americas 34th Annual Conference on Liquid Atomization and Spray Systems, Ithaca, NY, United States, May 19–22, 2024.
[4] Shaalan, A., Nasim, M.N., Mack, J.H., Van Dam, N., and Assanis, D., “Understanding Ammonia/Hydrogen Fuel Combustion Modeling in a Quiescent Environment,” ASME 2022 ICE Forward Conference, ICEF2022-91185, Indianapolis, IN, United States, Oct 16–19, 2023. DOI: 10.1115/ICEF2022-91185
[5] Mathai, J.R., Rana, S., Shaalan, A., Nasim, M.N., Trelles, J.P., Mack, J.H., Assanis, D., and Van Dam, N., “Numerical Study of Buoyancy and Flame Characteristics of Ammonia-Air Flames,” 2024 ASME ICE Forward Conference, ICEF2024-141569, San Antonio, TX, United States, Oct 20–23, 2024. (Forthcoming)
[6] Wildman, C., Fernandez, J., and Van Dam, N., “Low-Pressure Swirl Burner for Marine Propulsion Applications,” 2023 CONVERGE CFD Conference, Online, Sep 26–28, 2023.
出典:CONVERGENT SCIENCE BLOG(2024年10月15日公開)
Academic Spotlight: Illuminating the Physics of Fuel Sprays and Combustion

マーケティングライティングチームリーダー Elizabeth Favreau
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オートノマスメッシング熱流体解析プログラムCONVERGEは、2008年の販売を開始以来、エンジン筒内の3次元解析をメインターゲットに、世界中で広くご活用いただいています。
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