副室を使った拡散燃焼の開発:将来の低炭素レシプロエンジンのための、燃料を問わない燃焼法とは?
皆さま、こんにちは。
IDAJの水島です。
今回は、オートノマスメッシング熱流体解析プログラム「CONVERGE」の開発元である、Convergent Scienceが公開しているBLOGの内容を翻訳してご紹介します。
世界経済の心臓部と言えるのは商用車です。経済成長に伴い、道路用トラック、オフロード建設機械、農業用車両の需要も高まります。これら車両はほとんどすべて、化石燃料であるディーゼル燃料を使用する圧縮着火エンジンで動きます。地球が気候危機に直面する中、これは実に難しい問題です。温室効果ガス排出量を削減しながら、効率的で生産性の高い商用車のパワートレインを提供するにはどうすればよいのでしょうか?
これらの車両の完全な電動化には、コスト、重量、稼働時間、インフラ不足、導入までの時間など、多くの課題があります。そのため、短期的に排出量を削減する最も現実的で効果的な方法は、エタノール、メタノール、天然ガス、プロパン、水素、アンモニアなどといった炭素強度の低い燃料を使用することです。
これらの燃料はディーゼル燃料の直接の代替品としては不十分で、大型車両用エンジンで使用するのは非常に困難です。すべてセタン価が非常に低いため、極めて自着火しにくく、スパーク点火(Spark Ignition:SI)エンジンに適しています。しかし、スパーク点火エンジンは大型車両には適しません。その理由は、ノック限界最大トルク、高ブースト時の重大な過早着火の可能性、低いトルク密度、低いトルク応答、低い熱効率、高い排気温度、そして高排熱のためです。従来のディーゼルエンジンで使用されている燃焼プロセスは希薄拡散燃焼です。大型車両では、燃料の種類にかかわらず、この燃焼方式のエンジンが多く利用されます。希薄拡散燃焼のエンジンでは、ディーゼルエンジンの性能と動作特性、すなわち高効率、ノッキングや過早着火なし、瞬時のトルク、低速時の高トルク、低サイクル変動、ロバストな燃焼などを維持できるからです。私たちが「ディーゼルのように走るエンジン」と表現するエンジンが持つこれらの特性は、すべて拡散燃焼(Mixing-Controlled Combustion:MCC)プロセスに由来するものです。したがって、低セタン価燃料が容易に着火し、かつ非予混合拡散燃焼法で利用できる、革新的な燃焼システムが必要となります。

副室による拡散燃焼
Marquette Universityのエンジン燃焼研究グループは、CONVERGEを使用して、副室による拡散燃焼(Prechamber Enabled Mixing-Controlled Combustion:PC-MCC)として知られる革新的技術の開発に取り組んできました。上図に示すように、この構想では、高圧直接噴射の従来型圧縮着火エンジンに、燃料が能動的に供給される副室着火装置を追加したものを使用します。着火装置には、燃料インジェクタ、スパークプラグ、小容積の副室、それに副室と主室の間のオリフィスの通路があります。高圧ダイレクトインジェクタと副室のインジェクタでは、同じ低セタン価燃料を使用します。下図は、エタノール燃料を使った副室による拡散燃焼運転を、従来のディーゼル燃焼と比較したものです。圧縮ストロークでは、ピストン運動により主室の空気が副室に押し込まれる一方で、副室にエタノールが供給されます。上死点近くでの直接噴射タイミングと密接に連動して副室で点火が発生し、急速な火炎伝播による燃焼が発生します。この燃焼プロセスによって副室の圧力が上昇し、高温の噴流火炎が促進され、主室に噴出されます。噴流はペネトレーションで衝突した後、直接噴射されるエタノール燃料を着火させます。エタノールそのものは自着火しません。

気筒内の燃料噴射と燃焼プロセスを可視化したもの。上は従来のディーゼル燃焼、下はエタノール燃料を使った副室による拡散燃焼を示す。等値面は火炎の位置を示し、温度範囲は青の1200Kから赤の2600Kの範囲
直接噴射されたエタノールは、副室の噴流火炎によって一旦着火すると、ディーゼル燃料のような燃焼速度で拡散燃焼します。最終目標は、ディーゼルエンジンの燃焼プロセスを再現して、エタノール、メタノール、さらには水素やアンモニアなどの低セタン価燃料で「ディーゼルのように走る」エンジンを実現することです。

ディーゼル燃料を使った従来のディーゼル燃焼と、エタノール(E100)を使った副室による拡散燃焼について、CFDシミュレーションが予測した圧力と熱発生率。点線は副室、実線は主室。
こちらは、エタノール燃料を使った副室による拡散燃焼プロセスをCFDシミュレーションで予測した動画です。副室の噴流火炎が、直接噴射されるエタノール燃料に向かって噴出され、エタノール燃料の噴霧をあっという間に着火させ、現代のディーゼルエンジンの典型的な拡散燃焼が確立されます。
エタノール燃料を使った副室による拡散燃焼プロセスをCFDシミュレーションで予測した動画
この構想は現在、2つの連邦助成金を受けて開発中しています。1つ目は、米国エネルギー省車両技術局によるもの(DE-EE0009872)です。ディーゼルの性能は維持し、温室効果ガス排出量を大幅に削減しながら、ディーゼルエンジンをフレックス燃料対応に変換し、ガソリン/エタノールで走らせるという構想が進行中です。
2つ目は、米国エネルギー高等研究計画局のREMEDYプログラムによるもの(DE-AR0001528)で、燃焼プロセスを副室による拡散燃焼プロセスに変更して、天然ガスエンジンから排出される強力な温室効果ガスであるメタンを削減しようというものです。これらのプロジェクトにMarquette Universityとともに取り組んでいる機関は、John Deere、Mahle Powertrain、the University of Wisconsin-Madison、Czero、ClearFlame Engines、the Missouri Corn Merchandising Councilです。このCFDを用いたモデルについて複数の論文を発表し、CONVERGEのシミュレーションを使用してどのように副室の体積、穴の数・サイズ、噴流ターゲットなどの特性を特定したかを示し、また、副室燃料供給、噴射タイミング、スパークタイミング、直接噴射タイミングなど、副室による拡散燃焼の一般的な運転手法を説明しています[1-5]。
この高度な燃焼構想の開発に必要とされる詳細なCFDモデリングに欠かせないのが、CONVERGEに搭載されているモデル化ツールです。CONVERGEの自動メッシュ生成機能を使えば、シミュレーション設定にかかる時間とその複雑さを大幅に削減し、確かなメッシュ生成のもと迅速なシミュレーションと分析を行うことができます。計算定義域内で局所細分割機能を使用する、また温度と速度におけるセル間の勾配を解像する解適合格子(Adaptive Mesh Refinement:AMR)機能を使用すると、メッシュをさらに細かくすることができます。解適合格子は、副室内の燃焼プロセス、結果として生じる強力な噴流、そして噴流噴霧で誘発される燃焼プロセスをモデル化するのに特に有用です。予測された燃焼プロセスは、CONVERGEのSAGE詳細化学反応ソルバーを使用して捕捉されます。SAGEは、経験的な総括反応ベースのモデルに加えて、素反応までを含めた巨大な反応メカニズムを取り扱うことができます。
CFDモデルに基づき、副室による拡散燃焼エンジンのプロトタイプを構築し、純エタノール燃料と天然ガスを使って別々に試験を実施しました。その結果、両方の燃料でロバストな拡散燃焼プロセスが実証され、この技術が燃料を選ばないものであることが示されました。プロトタイプの写真と記録された試験データは以下の通りです。プロトタイプエンジンでの試験は、CONVERGEのCFDシミュレーションで得られた結果を裏付けるものでした。すなわち、副室による拡散燃焼は、道路用・オフロード用の将来の大型車両エンジンと定置型発電機のための、燃料を選ばない低炭素エンジン技術になり得ることが確認できました。
Marquette Universityで行われた、実験的副室拡散燃焼エンジンプロトタイプの試験。単気筒CAT C9.3Bエンジンで、エタノールと天然ガスの両方について実施された。
参照文献
[1] Dempsey, A., Chowdhury, M., Kokjohn, S., and Zeman, J., “Prechamber Enabled Mixing Controlled Combustion – A Fuel Agnostic Technology for Future Low Carbon Heavy-Duty Engines,” SAE Paper 2022-01-0449, 2022. DOI: 10.4271/2022-01-0449
[2] Zeman, J., Yan, Z., Bunce, M., and Dempsey, A., “Assessment of Design and Location of an Active Prechamber Igniter to Enable Mixing-Controlled Combustion of Ethanol in Heavy-Duty Engines,” International Journal of Engine Research, 24(9), 4226-4250, 2023. DOI: 10.1177/14680874231185421
[3] Zeman, J., and Dempsey, A., “Characterization of Flex-Fuel Prechamber Enabled Mixing-Controlled Combustion With Gasoline/Ethanol Blends at High Load,” Journal of Engineering for Gas Turbines and Power, 146(8), 2024. DOI: 10.1115/1.4064453
[4] Nsaif, O., Kokjohn, S., Hessel, R., and Dempsey, A., “Reducing Methane Emissions From Lean Burn Natural Gas Engines With Prechamber Ignited Mixing-Controlled Combustion,” Journal of Engineering for Gas Turbines and Power, 146(6), 2024. DOI: 10.1115/1.4064454[5] Zeman, J., and Dempsey, A., “Numerical Investigation of Equivalence Ratio Effects on Flex-Fuel Mixing Controlled Combustion Enabled by Prechamber Ignition,” Applied Thermal Engineering, 249, 2024. DOI: 10.1016/j.applthermaleng.2024.123445.
出典:CONVERGENT SCIENCE BLOG(2024年7月29日公開)
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