歩留まり改善にむけて ~電池製造工程におけるシミュレーション活用~
皆さま、こんにちは。
IDAJの玉手です。
カーボンニュートラルの達成に向けて、近年、EV・HV・PHV等の車載向け蓄電池や、再生可能エネルギの電力供給コントロール用蓄電池向けの電池需要が急増しています。蓄電池産業戦略検討官民協議会では、2030年までに国内製造基盤150 GWh、グローバル製造基盤600 GWhを確立することを目標として、蓄電池と部材・素材の生産基盤強化を支援しています。この生産基盤を確保するために重要な一つの視点が歩留まりの改善です。
量産される電池は、各工程における問題によって明らかな不良品が発生するだけでなく、各工程のばらつきによって製品としての電池性能がばらつく恐れがあります。極端な電池性能のばらつきは、急速な劣化等の問題を引き起こすため、廃棄対象となり歩留まりの低下を招きます。
そこで本稿では、歩留まり改善にむけた電池製造工程におけるシミュレーション活用例をご紹介します。
歩留まり低下への影響要因と、シミュレーションによる検討・評価等の活用例
1.精錬
【影響要因】
電極活物質等の電池材料を作成する精錬には、スプレードライヤーによる造粒、焼成、ボールミル等による粉砕・改質、分級、磁選といった複数の工程があります。作成された材料の粒径分布や表面組成等は、電池性能に影響を及ぼし、金属コンタミネーションが混入すると内部短絡の原因となります。
【シミュレーションの目的】
マクロ的な視点から粒径分布や表面組成に影響を与える各工程の現象予測に使用します。
【活用例】
ボールミルは材料粉砕に用いるとともに、強力な衝撃を粉体に与えることで機械的な表面改質を行うためにも用いられています。Ansys Rockyでは、ボールミル内での衝突シミュレーションが可能です。衝突時に個々の粉体にかかる応力を観察することで表面改質の起こりやすさを評価することができます。
2.混錬
【影響要因】
混錬では、電極活物質、導電助剤・バインダー・増粘剤等の副材、水またはNMP (N-メチル-2-ピロリドン) 有機溶媒を均一に混ぜ合わせます。均一に混合されていないと、導電パスが形成されずに導電性が低下したり、バインダーが偏在して集電箔との結着性が悪くなります。
【シミュレーションの目的】
均一混合状態が得られるまでに要する時間、高効率混錬に向けた混錬機の形状と運転パラメータ等の事前検討に使用します。
【活用例】
電極スラリーは粉体に対して少量の液体を加えて固練りを行った後に、液体を追加してさらに混ぜ合わせることで作られます。固練りでは水分量が少ないため、粉体粒子間が液体でつながれた状態となり、液架橋力と呼ばれる力が働いていると考えられます。Ansys Rockyではこの力をモデル化する液架橋力モデルが搭載されています。以下は電池材料を対象とした例ではありませんが、液架橋力の考慮有無による差異をご確認いただけます。また液体量が多くなると粉体粒子間が液体でつながれている液架橋の状態ではなく、液体内に粉体粒子が存在する状態となります。このような状況での混錬を考慮する場合は、明示的に液体粒子を表現したSPH (Smooth Particle Hydrodynamics) と組み合わせた方法、またはAnsys Fluentとの双方向連成によって、表現・評価が可能となります。
⇒SPHについてはこちらのブログ記事もあわせてご覧ください。
3.塗工
【影響要因】
塗工では、混錬によって作成した電極スラリーを集電箔上に塗布します。塗布量のばらつきは局所的な活物質量の空間ばらつき、つまり充放電容量の空間ばらつきを生むことになります。
【シミュレーションの目的】
安定塗布の実現性、端面形状の事前検討等に使用します。
【活用例】
電極スラリーは、せん断速度に対して粘度が変化する非ニュートン流体とみなすことができます。ダイコーティングを用いた方法では、吐出量や集電箔の送り速度によって空間的にせん断速度が変化するため、粘度が分布を持つことになります。CONVERGEではこのような粘度特性を考慮した塗布計算を行うことができるため、塗工不良の発生の有無を評価することができます。 こちらは連続塗工の例ですが、集電箔との濡れ性を含めた表面張力を考慮することで、端面形状を評価することも可能です。
間欠塗工の場合、電極スラリーの供給を停止した際の挙動も重要です。以下は、はんだ吐出時の挙動を示した例ですが、同様にしてスラリー供給停止時の端面形状も評価することができます。
4.乾燥
【影響要因】
乾燥では、電極スラリーに含まれる水またはNMP有機溶媒を除去します。乾燥速度によっては熱収縮による割れや副材が浮き上がって偏在する現象等が発生します。
【シミュレーションの目的】
マクロ的な視点から、乾燥速度の空間分布の評価に使用します。
【活用例】
乾燥速度は、乾燥炉内のドライヤー配置や風速・温度等の運転条件に影響を受けます。こちらはAnsys Fluentを用いて、ドライヤーの影響を考慮した上で蒸発速度を評価した例で、蒸発の結果としての膜厚も合わせて観察することが可能です。局所的な乾燥の進行は割れの要因となり得るため、このような空間的不均一乾燥が発生させないようなドライヤー配置や運転条件の検討を行うことができます。
5.圧縮
【影響要因】
量産電池の圧縮にはカレンダーロールが用いられることが多く、乾燥後の電極を圧縮することで体積エネルギ密度、機械的強度、導電性の向上が期待できます。一方で、層間剝離や活物質割れが発生することがあります。
【シミュレーションの目的】
層間にかかるせん断力や活物質にかかる応力を評価することに使用します。
【活用例】
層間剝離の一因として、集電箔と電極層間にかかるせん断力があります。SIMULIA Abaqus Unified FEAでは、厚み数μmオーダーの薄層構造においても層間に働くせん断力を評価することが可能です。また、このケースではroll-to-rollプロセスにおける張力が考慮されていませんが、カレンダーロール過程における厚さや伸びはもちろん、皺も評価することができます。さらにロール径、負荷、張力等の検討にも適用できます。
同じくSIMULIA Abaqus Unified FEAでは、メゾ構造をモデル化して個々の活物質にかかる応力や塑性歪みを計算することができますので、活物質割れが発生する可能性の評価が可能です。また活物質割れの評価の他に、エネルギ密度向上が期待できる粒径分布の検討等にもご活用いただけます。
6.集箔・封止
【影響要因】
集箔では集電箔を束ねてタブリードと接合します。集箔時には超音波接合が用いられることが多いのですが、ホーンとアンビルの挙動によっては集電箔が破れる、最外層の電極層が剥離する等の現象が発生します。
【シミュレーションの目的】
ホーンとアンビルの挙動を考慮して集電箔と各層にかかる応力を評価します。
【活用例】
ホーンとアンビルによって押し込まれた集電箔と各電極層の挙動を、SIMULIA Abaqus Unified FEAで計算した結果です。集電箔が変形する際にかかる応力から集電箔破れの発生、また集電箔の変形に伴って各層にかかるせん断力も計算できるため、粘着力以上のせん断力がかかって電極層剥離が発生するかを評価できます。これらの評価は、接合箇所や接合時の位置公差検討等にご活用いただけます。
ラミネートセルの場合は、封止時に変形するラミネートフィルムによって集電箔が力を受ける可能性があります。以下はセル内外の圧力差によってラミネートフィルムがどのように変形するかをSIMULIA Abaqus Unified FEAで計算した結果です。ラミネートフィルムと集電箔が接触するのか、接触した場合に集電箔にかかる応力はどの程度になるかを評価することができます。
性能ばらつき評価へのシミュレーション活用例
各工程内で発生する塗工不良・集電箔破れ等の明らかな製造不良の他に、製造製品の性能ばらつきが大きい場合にも歩留まりが低下します。この性能ばらつきは、各工程で発生した構造特性のばらつきによって発生します。
1.構造特性のばらつきが性能ばらつきにもたらす影響
(1)正極膜厚のばらつき(リチウム総量のばらつき)
充電時に輸送されるリチウムイオン量が変化するため、性能面では充放電容量のばらつきに影響を与えます。
(2)負極膜厚のばらつき(充電時にリチウムイオンを挿入可能な体積のばらつき)
正極膜厚同様に、性能面において充放電容量のばらつきに影響を与えます。
(3)空隙率のばらつき空隙率が変化すれば当然ながら体積エネルギ密度は変化します。そのため、巻回または 積層時の長さがセル間で一定の場合には、充放電容量のばらつきに影響を与えることになります。これに加えて、多孔質形状における抵抗値の変化と捉えることが可能であるため、イオン伝導度に対しても影響を及ぼし、レート特性をばらつかせる要因となります。
2.シミュレーション活用例
GT-AutoLionでは、上記構造特性を入力として電池性能を比較的小さな計算コストで予測することができます。構造特性による性能差異を確認している事例として、M. Astaneh et al.(1)の文献が挙げられます。当該文献では、正負極膜の厚みと空隙率の組み合わせが異なるセルを対象に、放電特性をGT-AutoLionで計算しています。以下の通り、構造特性の違いによって放電特性が大きく変化していることがわかります。
M. Astaneh et al.の例では構造特性を一意に決めて影響を確認していますが、構造特性のばらつきを直接的に表現して評価することもできます。大まかな手順は下記の通りです。
(1) 構造特性の頻度分布取得
これまでにご紹介したシミュレーション結果や計測結果から構造特性のばらつきを頻度分布として取得します。
(2) 各種構造特性の組み合わせを生成
(1)の頻度分布に従って、複数存在する構造特性を用いて、各種構造特性の組み合わせを乱数的に作成します。
(3) GT-AutoLionによる性能評価
作成した構造特性値の組み合わせに従って電池性能をGT-AutoLionで計算します。多数の組み合わせの結果が得られることで、結果的に性能は頻度分布として評価することができます。
(2)と(3)はmodeFRONTIERによって自動化することが可能です。一例としてアノード膜厚に微小なばらつきが存在する場合の、放電容量の頻度分布を示します。構造特性のばらつきが性能にどの程度の影響をもたらすか評価できることがわかります。
GT-AutoLionは構造特性から性能特性が計算できるだけでなく、充放電カーブやインピーダンス特性が合うように正負極膜の厚みと空隙率を調整して構造特性を得るといった、実験データとして蓄積されている性能データから構造特性を逆同定することが可能です。複数の実験データから得た構造特性は、性能ばらつきを発生させている主因子分析に活用できる可能性があります。
こちらは、分析の具体例です。まず得られた構造特性とセル性能を結びつける応答曲面を作成します。この応答曲面は複雑な曲面となっていますので、大局的なトレンド把握や原因調査を行うことは困難です。そこで、応答曲面を用いて直交表に基づく平均感度を算出します。得られた平均感度から、セル性能をばらつかせている主要な構造特性が何かを分析することができます。
まとめ
今回は、歩留まり改善に向けた電池製造工程におけるシミュレーション活用についてご紹介させていただきましたが、各工程における課題だけでなく、複数工程を組み合わせ、最終的にセル性能にどのような影響をもたらすかについてもシミュレーションをお役立ていただけると考えています。ご興味がございましたらお気軽に下記までお気軽にお問い合わせいただけますと幸いです。
[参考文献]
(1) M. Astaneh et al., “Multiphysics simulation optimization framework for lithium-ion battery pack design for electric vehicle applications,” Energy, 239 (2022) doi: 10.1016/j.energy.2021.122092.
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