OpenFOAM®適用領域の拡大に向けて ~マルチフィジックス関連ソルバーの開発~

皆さま、こんにちは。
IDAJの伊藤です。
ここ数年、商用CFDコードの代替としてのOpenFOAMについてお問い合わせいただくことが増えてきました。
熱流体分野の物理モデルは比較的使用する物理モデルが少なく、またユーザー数が多いため、物理モデルとしての完成度が高いこと、対象とする物理モデルに関する情報をネット上で見つけやすいといった理由で、OpenFOAMの機能を用いて代替することが難しくないため、利用の検討が進んでいるものと考えられます。しかし、熱流体分野に加えて、ラグランジェ粒子、VOF(特に圧縮性)、オイラー混相流等の混相流、化学反応が関係するマルチフィジックス分野では、設定項目が増加することに加え、OpenFOAMに導入されている関連物理モデル自体が実用レベルでの利用に耐えられるまで、十分検証されているとは言い難い状況であり、ネット上の情報も熱流体分野に比べると限定的であることから、商用CFDコードからの代替のハードルは大きく上がります。
一方で、CFDの適用領域が拡大し、より複雑な現象の再現が必要になると、その現象に合わせて複数の物理モデルを組み合わせて使用することになるため、マルチフィジックス分野でも利用できるオープンソースが求められます。
こういった設計開発現場からのニーズにお応えすべく、IDAJでは、これまでオープンソースビジネスで培ってきたマルチフィジックス関連の開発技術のうち、公開可能な部分をパッケージ化し、OpenFOAM上で動作するソリューション「IDAJ Advanced Solvers」として、お客様にご提供しています。
本記事では、IDAJ Advanced Solversの概要とその解析事例をご紹介します。
1. IDAJ Advanced Solversの構成
OpenFOAM本体のライブラリを使用して開発したソリューション「IDAJ Advanced Solvers」は、OpenFOAM(現在はOpenFOAM v2306のみに対応)が動作する環境上で動作します。また機能毎にソースコード一式をご提供しますので、追加開発が必要なケースにも柔軟な対応が可能です。
なお、IDAJ Advanced Solversに関する技術サポートをご希望の場合は、ennovaCFD for OpenFOAMのご利用契約と共に、その関連サービスであるAdvanced support(時間制サポート)のご契約をお願いいたします。

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機能名 |
沸騰性焼き入れ解析機能 |
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ソルバー名 |
IDAJChtInterPimpleFoam |
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非定常、2相圧縮性VOF、固体熱連成、熱物性対応(thermophysicalProperties)、相変化モデル(boiling、quenching(沸騰核対応)、Kunz、Merkle、SchnerrSauer)、壁面沸騰モデル(核沸騰モデル、臨界熱流束モデル、最小熱流束モデル、膜沸騰熱流束モデル)、壁面蒸気膜安定化モデル |
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機能名 |
化学種拡散解析機能、EBU燃焼解析機能 |
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ソルバー名 |
IDAJReactingFoam、IDAJReactingSimpleFoam |
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定常/非定常、圧縮性、Eddy Break-Up(EBU)モデル、NOxモデル (Thermal, Prompt)、化学種物性値推算機能(拡散係数(混合拡散係数推算、Fick/Maxwell-Stefan)、相互拡散係数(Kinetic theoryモデル、Thermal diffusion)、 分子粘性係数(Kinetic theoryモデル)、熱伝導率(Kinetic theoryモデル))、Diffusion fluxモデル |
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機能名 |
FGM燃焼解析機能 |
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ソルバー名 |
IDAJGenerateFGM、IDAJFGMFoam |
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Canteraを利用したルックアップテーブル作成、ルックアップテーブルを用いた燃焼解析(LES)、非定常、圧縮性 |
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機能名 |
オイラー混相流解析機能 |
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ソルバー名 |
IDAJReactingTwoPhaseEulerFoam |
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非定常、2相圧縮性、アプリケーション安定化 追加開発でご提供:粒子径分布予測モデル(S-γモデル)、物性値推算モデル(蒸気表(IAPWS-IF97))、liftモデル(Behzadi)、壁面沸騰モデル、沸騰核モデル(HibikiIshiiNucleationSite、 KocamustafaogullariIshiiNucleationSite)、離脱頻度モデル(KocamustafaogullariIshiiDepartureFrequency、ureFrequency) |
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2. 沸騰性焼き入れ解析機能
製造プロセスへのCFD応用の一例として、沸騰性焼き入れ解析をご紹介します。
金属加工工程において、焼き入れは重要な工程の一つだと考えられますが、その中でも、沸騰性の焼き入れは高温での相変化を伴う混相流れが対象となり、商用CFDコードを用いても難度の高い解析対象です。以下に沸騰曲線とIDAJ Advanced Solversの適用範囲を示します。特に筐体からの熱流束が大きい状況では、筐体表面は、蒸気膜で覆われる、いわゆる“膜沸騰状態”となるため、筐体界面で質量・エネルギーバランスを保ちながら、相変化を解く必要があります。

沸騰曲線とIDAJ Advanced Solversの沸騰モデル適用範囲
沸騰現象は、ミクロな視点で見ると、筐体表面に存在する、数十ミクロンレベルの微小なキャビティでの沸騰核生成から始まり、核成長、気泡離脱へと進行します。したがってこのレベルの空間解像度で計算するには、筐体全体の総メッシュ数は億単位以上になることが容易に想定されるため、設計プロセスで用いる解析としては、解析負荷がかかり過ぎます。
IDAJ Advanced Solversは、壁面沸騰挙動には膜沸騰領域まで含めた沸騰曲線を考慮したモデルを、媒体中には媒体相変化モデルを用いたアプリケーションです。以下は下向き加熱面の沸騰現象を対象とした論文1)の検証計算です。本対象の特徴は、加熱面全体を覆うような大きな気泡が発生することで、一般的な商用コードに付属する沸騰モデルを用いると、筐体界面での質量とエネルギーバランスが崩れやすくなり、安定的に計算できないという問題が発生します。IDAJ Advanced Solversではこの問題を解消し、蒸気泡が加熱面を覆うような解析対象でも、安定的に、現実的な時間で計算することができます。また、計算精度も、蒸気泡発生、成長、離脱、媒体での凝縮による気泡消失の一連の沸騰周期(≒0.2msec)を再現しています。

下向き加熱面沸騰解析の結果(写真は実験結果1))
本モデルは、実際規模の筐体に適用し、筐体形状によって発生する蒸気だまりの再現による焼き入れ温度むらを予測することが可能です。

ギアの焼き入れ計算事例
また、得られた表面温度や熱伝達係数を、SIMULIA®Abaqus Unified FEAにマッピングする機能が含まれているため、Abaqusによる熱応力解析を実施することができます。

鉄板冷却解析事例

解析結果のAbaqusへのマッピング機能
3. 化学種拡散解析機能、EBU燃焼解析機能
化学種拡散機能は一般的な解析機能ですが、水素の拡散計算や乱流による拡散が支配的ではない低圧条件が対象となるケースなど、各化学種の分子拡散係数の差違を考慮した解析が必要な領域では、OpenFOAMそのものの機能では不十分なことがあります。
水素が大気中の主成分である酸素、窒素に比べて、分子拡散係数が数倍以上あるため、水素の拡散計算では分子拡散係数とその他物性値の推算にkinetic theory(※)を考慮することで、精度の良い計算が期待できます。また、温度勾配が存在する系において分子量が小さい化学種は、soret効果(thermal diffusion)を考慮することで予測精度が向上します。以下は、kinetic theoryとthermal diffusionを考慮した、水素拡散・漏洩に関するHallwayモデル2)の比較検証結果です。
(※)混合物性推算では、FickまたはMaxwell-Stefanを選択できます。

水素体積分率3%の等値面(Hallwayモデル)

各測定位置の水素体積分率の実測結果と解析結果の比較(Hallwayモデル)
下図は、これらの機能を使って、拡散現象が重要となる触媒表面反応を考慮した事例です。触媒である球形堆積物は、Ansys® Rockyを用いたDEM解析で得られた計算結果を使用しました。

触媒反応解析事例
EBU燃焼解析機能には、混合分率を考慮したEddy Break Up(EBU)モデルが搭載されています。図10は水素拡散火炎の解析結果検証3)の結果です。本モデルと付随のNOxモデル(Thermal Nox、Prompt NOx)を同時に用いて、NOx分布を求めることが可能です。

EBUモデルによる水素拡散火炎の解析結果検証
4. FGM燃焼解析機能
燃焼解析は、複数の化学種の輸送方程式を同時に解きながら化学反応計算を行いますが、計算精度向上のために反応を厳密に扱うとなると、ラジカル等の中間生成物を考慮する必要があり、解析負荷が大きくなる傾向にあります。計算精度を保ちつつ、解析負荷を上げない手法の一つとして、反応計算と流体計算を分離し、反応計算部分にルックアップテーブルを利用したFGM燃焼モデルがあります。IDAJ Advanced Solversでは、ルックアップテーブルをオープンソースであるCanteraを利用して作成し、FGM燃焼解析を実施することが可能です。

FGMモデルの概念図
以下にCH4希薄予混合燃焼の実験を対象とした検証結果を示します4)。等量比(CH4投入量)が小さくなるほど燃えにくくなり、火炎が長くなる現象を計算で再現しています。

CH4希薄予混合燃焼解析結果
等量比と平均火炎長の関係(左:解析結果(OHラジカル質量分率)、右:実測結果)
また以下はブンゼンバーナを対象としたCH4部分予混合燃焼検証事例5)です。この事例でも、実測の平均火炎長を再現する結果が得られています。
これらは、検証のために、いずれも小スケールな解析対象としましたが、実際規模のガスタービン燃焼など、計算規模が大きい対象に適用することで、オープンソースのメリットを享受することができます。

ブンゼンバーナのCH4部分予混合燃焼検証事例(出典:左模式図は参考文献5)
5. オイラー混相流解析機能
オイラー混相流解析は、複数相の輸送方程式を同時に解くため、一般に、解析負荷の大きさと解析安定性が問題になります。OpenFOAMにもオイラー混相流解析機能がありますが、解析安定化が重要なポイントです。IDAJ Advanced Solversではこの点を考慮し、OpenFOAMのオイラー混相流のサブモデル機能拡充と、計算の安定性向上を図りました。
- 気泡塔解析の検証事例6):気泡径予測にIDAJ Advanced Solvers搭載のS-γモデル7)を使用

- 単菅沸騰の検証事例8):物性値推算に蒸気表(IAPWS-IF97)を使用

- 蒸気凝縮解析検証事例9):高圧の水蒸気が水中に噴出する際に、凝縮による密度変化に伴う圧力振動が発生するも、実測結果と比較的良好な一致を示す

OpenFOAMの適用領域拡大にあたって、IDAJ Advanced Solversご活用をご検討いただければ幸いです。ご質問、詳細のご説明などはいつでも承りますので、どうぞお気軽に当社へお問い合わせくださいますようお願いいたします。
【参考文献】
1)Wei Lu al., “Experimental investigation of 3-D ERVC process for IVR strategy – CHF limits and visualization of boiling phenomena”, Nuclear Engineering and Design, 322, 240–255(2017)
2)Swain, M, R., Grilliot, E, S., Swain, M, N., “Risk Incurred by Hydrogen Escaping from Containers and Conduits,” Proceedings of the 1998 U.S. DOE Hydrogen Program Review, 1998.
3)M. Komiyama, T. Takagi and Y. Matsunari, “Simultaneous Multi-point Temperature Measurements by Laser Rayleigh Scattering in Turbulent Diffusion Flames“, JSME, B54, 502, 1486-1490 (1988)
4)P. Griebel et al., Proceedings of GT2003, ASME Turbo Expo 2003: Power for Land, Sea and Air, June 16-19, 2003, Atlanta, Georgia, USA
5)Y-C. Chen, N. Peters, G. A. Schneemann, N. Wruck, U. Renz, M. S. Mansour, “The detailed flame structure of highly stretched turbulent premixed methane-air flames”, Combust. Flame 107 223-244(1996)
6)T. Hibiki, M. Ishii, & Z. Xiao, “Axial interfacial area transport of vertical bubbly flows”, International Journal of Heat and Mass Transfer, 44, 1869-1888(2001)
7)Simon Lo et al., “Modelling of Break-Up and Coalescence in Bubbly Two-Phase Flows”, Journal of Computational Multiphase Flows, 1(1), 23-38(2009)
8)Bartolemei G G, Chanturiya V M., “Experimental study of true void fraction when boiling subcooled water in vertical tubes”, Thermal Engineering, 14, 123-128(1967)
9)S. Cho et. al., in: Proc. 1st Korea-Japan Symposium on Nuclear Thermal Hydraulics and Safety (NTHAS98), Pusan, Korea, 291-298(1988)
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