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カーボンニュートラルのサスティナブルな内燃機関を目指して ~GT-SUITE水素燃焼エンジンシソリューション~

Shuichi Ogawa

皆さま、こんにちは。

IDAJの小川です。

既にご承知の通り、2050年のカーボンニュートラルに向けて、自動車開発においては様々な取り組みが始まっています。報道では電動化(≒EV化)の話題が数多く取り上げられていますが、EVでは充電する電力の発電方式によってCO2排出量が変わるため、単にEV化を進めるだけでなく、発電も含めて再生エネルギーを活用することが必要であると言われ始めています。以下は、日本と欧州の発電に占める再生可能エネルギーに関する資料です。

再生可能エネルギー比率

再生可能エネルギー比率

出典:一般社団法人日本自動車工業会「カーボンニュートラルの基礎知識」

 

再生可能エネルギーによる発電を増やして主電源系統(送電網)につなぐと、再生可能エネルギーは短時間での変動が大きいため、電力品質を保持することが難しいという問題があります。これは電力が貯蔵することが難しいエネルギーであるからなのですが、この問題を解決するために、変動する電力分を水素や代替燃料の形に転換して活用する方法が検討されています。特に水素は、大量に存在する水から電気分解などによって転換することができるため、有力なエネルギー貯蔵の方法として注目されています。

水素と自動車

さて、話題を自動車へと移しましょう。水素を燃料とするメリットは、EVに比べて燃料(充電・給水素)の充填時間が短いことです。乗用車の場合、EVでは80%充電まで急速充電で約30分かかりますが、水素はガソリンや軽油と同じく数分程度で“満タン”にすることができます。また、乗用車ではなく、大型の商用車EVは重量が重い分、大量のバッテリーを積む必要があり、結果として積載量を減らさなければならないことと、航続距離の観点から問題がありますが、水素を使用することで問題を解決することが可能です。

水素のデメリットは、気体では密度が小さく単位体積あたりの熱量が小さいこと、液体にするには極低温が必要であること、発火のエネルギーが小さく取り扱いが難しいことなどが挙げられます。

しかし、MIRAI(トヨタ自動車)やCLARITY(本田技研工業)など、水素を燃料とした燃料電池車(FCV:Fuel Cell Vehicle)が発売されていますし、弊社のある横浜市では試験的にFCバスを導入しています。FCVは、燃料電池スタックで水素と大気中の酸素を反応させて電気を取り出し、この電力を利用してモーターを回転させることで車両を駆動します。排気ガスは、H2O(正確には水蒸気)しか排出しません。下記が反応式で、ここで取り出した電子によって電力を得るわけですが、これは普通の条件では起きない反応なので触媒が必要です。

水素燃焼エンジン(H2 ICE:Hydrogen Internal Combustion Engine)車とFCV

前述のようにFCVは実用化されていますが、問題は、貴金属を含む触媒が大量に必要でコストが上がること、触媒の被毒(触媒の劣化)と効率の低下を防ぐために純度の高い水素が必要だということです。

再生可能エネルギーから電気分解で水素を分離するのであれば問題ありませんが、褐炭(品質の低い石炭)などから生成された水素では別の問題が生じます。過去を振り返れば、水素を燃料として内燃機関で水素を燃焼させて使用することが検討されており、最近では、トヨタ自動車が水素エンジン(H2 ICE)を使用して日本国内のレースに参戦されています。
(参照:トヨタ自動車株式会社 “水素エンジンカローラ、「スーパー耐久シリーズ2021 鈴鹿大会」参戦を通じて水素を「はこぶ」に挑戦”、2021年9月18日)

内燃機関で水素を使用するメリットは、既存の内燃機関の技術を応用して、比較的低コストでクルマを開発できることではないかと思います。ただし水素の燃焼と言うと、熱量が足りない(≒パワーが出ない)、発火が怖いといったイメージが先行しがちです。表1は、水素の物性値をまとめたものです。体積エネルギー密度は、ガソリンや軽油と比べものにならないほど小さいのですが、単位質量あたり(低位発熱量)で見ると、ガソリンの2.7倍程度あります。前出のMIRAIが、5.6kgの水素を70MPaのタンクに持っていますので、これをガソリンの熱量に換算すると20.4L相当のエネルギーを持っていることになります。仮にガソリン車並の熱効率である20km/L程度で走ると航続可能距離が約400kmとなり、これは決して悪い数値ではありません。ただし、現状では水素ステーションの数が少ないので、もう少し走って欲しいというのが本音かもしれません。したがって、H2 ICEの課題は、ガソリンよりも熱効率を向上させることになるかと思います。

水素、ガソリン、軽油の物性一覧

水素、ガソリン、軽油の物性一覧

水素エンジン(H2 ICE)のポテンシャル

ではH2 ICEで熱効率を向上させるには、どういった手段が考えられるでしょうか?ヒントはSIP(戦略的イノベーション創造プログラム)やAICE(自動車用内燃機関技術研究組合)で研究されている、希薄燃焼(Supper Lean Combustion)にありそうです。

この研究では、熱効率を向上させるために、λ=2.0程度の希薄な条件で、かつ点火が確実に行われるように点火強化と燃焼速度を向上するためのタンブル強化、摩擦損失、冷却損失の低減などが盛り込まれています。ガソリンエンジンでは、Supper Leanでの燃焼のために点火強化を使いましたが、水素は、発火エネルギーが小さいことと(≒火が付きやすい)、層流燃焼速度がガソリンに比べて4倍以上大きいことがメリットです。表1から常温常圧とストイキの条件が、各種の研究データからλ=2.0程度でも0.5m/s程度の層流燃焼速度が得られることがわかっています。これはλ=1.0でのガソリンよりも大きく、Supper Leanで、安定かつ高速な燃焼が期待でき、結果として従来のガソリンエンジンに比べて熱効率を向上させるポテンシャルがあることを示しています。

このように期待が持てるH2 ICEではありますが、ガソリンや軽油を燃料とした内燃機関には100年以上の知見と経験、実測データが蓄積されているのに対して、H2 ICEはデータがかなり不足していることが開発上の難点です。しかし、過去と違って現在にはシミュレーション技術があります。基礎的な実測や確認の実測は不可欠だとしても、シミュレーション技術を活用することで、この問題は解決できるのではないかと考えます。

水素エンジン燃焼モデル

さて、随分と前置きが長くなりましたが、GT-SUITEでの水素エンジンの燃焼、ノック、NOxの生成などのモデル化についてご紹介します。

1.SITurb予測燃焼モデル

GT-SUITEで水素の燃焼を取り扱う場合は、実測の筒内圧や空気量などのデータがあれば、燃焼モデルは非予測的な燃焼プロフィールを入力するモデル(EngCylCombProfile)やWiebe関数モデル(EngCylSIWiebe)を使っていただけますが、前述のように実験データが少なく、かつ実験点に含まれない動作条件では、予測的な火花点火エンジンの燃焼モデル“SITurbモデル(EngCylSITurb)”をご利用ください。

火花点火エンジンの場合、筒内燃焼ではスパークプラグで発生した初期火炎が、筒内を伝搬、広がって火炎全面で空気+燃料の混合ガスを燃やします。このメカニズムでは、点火直後は燃料の種類と等量比、温度、圧力、EGRに依存する層流燃焼速度が支配的で、火炎が伸展します。火炎径がある程度まで大きくなると、筒内の乱流(筒内ガスの小さい渦)のために火炎表面が皺状になってより多くの未燃ガスを燃焼させます。燃焼火炎が大きくなるとヘッド、ピストン、ライナー壁面に接触し、これらによって火炎が切り取られ、燃焼する面積が変わることになります。GT-SUITEのSITurb燃焼モデルは、このような燃焼メカニズムをモデル化しています。

層流燃焼速度は燃料の物性値と言うべき特性で、火炎の皺は筒内の乱れに依存して、燃料には直接依存しません。SITurbモデルでは、K-k-εモデルを使用して筒内に発生するタンブル流、燃料噴射、スキッシュエリアからの流れによって発生する乱れとその消滅を計算します。この乱流から皺状になった場合の燃焼速度(乱流燃焼速度)を算出して、層流燃焼速度との和として火炎の伝搬速度を計算します。以下は、乱流計算のイメージと3D CFDとの比較、計算と実測の比較です。このモデルは、ガソリンエンジンを開発されている多くのユーザー様にご利用いただいています。

 

SITurb乱流計算のイメージ

SITurb乱流計算のイメージ

 

SITurbモデル結果の比較

SITurbモデル結果の比較

 

2.水素燃料+SITurbモデル

ガソリンエンジンでは、モデルと実測は良好に一致していますが、燃料を水素に変更した場合にはどうなるでしょうか?

ポイントは、ガソリンと水素では層流燃焼速度が大きく異なるところです。ガソリンでは、層流燃焼速度は以下の関数式でモデル化されています。こちらは、過去の層流燃焼速度の実測データから関数近似して作成された式です。原理的にはSITurbモデルで層流燃焼速度を水素に置換えれば、そのまま使用できます。ポート形状などが変わらないのであれば、乱流分はガソリンと同じですので、燃料を水素に変更するだけで、ガソリンエンジンの実測と同定した乱流モデルのパラメータを適用できることになります。

 

SITurbガソリン層流燃焼速度

SITurbガソリン層流燃焼速度

(一部の記号は、GT-SUITEのユーザー様にのみ配布しておりますマニュアルに解説が掲載されています。予めご了承ください。)

 

さて、水素の層流燃焼速度については、提案されている関数式もあるのですが使用範囲が限定的です。特にH2 ICEではSupper Leanでの条件が重要ですので、GT-SUITEの開発元であるGamma Technologies社は、水素の層流燃焼速度を詳細化学反応から計算することにしました。反応式として24式の反応を考慮し、実測同定された反応パラメータセットの詳細反応モデルを、GT-SUITEのLaminarFlameSpeedテンプレートを使用して計算します。水素の場合には、ガソリンなどに比べて反応がシンプルですので、考慮する反応式も少なくてすみます。ここでは、エンジンの燃焼と同時に計算するのではなく、等量比、圧力、温度、EGR率をDoE(実験計画法)で計算しています。この結果から関数近似することも考えられますが、現在の水素の層流燃焼速度モデルでは、DoE結果から機械学習のNN(Neural Network)を使用して、各種パラメータが変化した場合の層流燃焼速度を計算するロジックを実装しています。以下は、詳細化学反応モデルの計算結果(点)と機械学習した結果(線)を比較したものです。

次期バージョンのGT-SUITE V2022では、このモデルをご利用いただけるようになります。

V2022ではH2(Hydrogen)の他に、同じ考え方でNH3(Ammonia)などが追加されています。ただしこの「Ammonia」は純アンモニアで、水素などを混合した燃料ではありません。本稿では詳細のご説明は割愛しますが、他の手段で同じようにモデル化することができますので、アンモニアに限らず、各種代替燃料モデルにご興味がございましたら、どうぞお気軽にお問い合わせください。

詳細反応とNN出力比較結果

詳細反応とNN出力比較結果

 

3.Knockモデル

水素燃料の場合には、Knockやプレイグニッション(点火前の自己着火)が問題になります。こちらもSITurbと同様に、ガソリンのモデルを流用することができます。GT-SUITEでのKnockの考え方は、Livengood-Wu積分に基づいており、着火遅れ時間(Induction Time)の逆数を時間で積分して、積分値が1.0を超えたタイミングをKnockと判定します(Knockの強度とは別です)。こちらもガソリンエンジンでは多くのユーザー様にご利用していただいている実績のあるモデルですが、水素の場合は、層流燃焼速度と同じようにガソリンとは大きく異なります。

GT-SUITE V2022では、着火遅れ時間も層流燃焼速度と同様に、詳細化学反応からIgnitionDelayテンプレートで計算し、DoEと機械学習を行ったモデルを実装しました。

4.NOxモデル

H2 ICEの燃料はH2のみですが、ガソリンと同様に大量の空気が存在しますので、筒内ガスが高温になると、ガスに含まれるN2とO2が反応してNOが発生します。このメカニズムは、燃料に窒素が含まれていないのであれば、燃料には依存せず、筒内のガス温度、N2、O2の濃度に依存します。本モデルでは、拡張ゼルドビッチ機構によってNOの生成を計算します。

GT-SUITEモデルを使用したH2 ICE検討の例

ここまで燃焼モデルについてご紹介してきましたが、シミュレーションモデルを使用してどのようなことができるのかをご理解いただくために、熱効率向上を目指して、いくつかのケースを計算してみました。

水素燃料は気体になりますので、どのようなことが起きるでしょうか?過給ガソリンエンジンをベースに、燃料を水素ガスに変更しました。

1.噴射タイミングの検討

ベースのガソリンエンジンでは、直噴の吸気行程噴射でしたので燃料を水素ガスに変更しましたが、期待したような負荷(BMEP)が得られず、これがなぜ起きたのかを検討しました。

実機検討とは異なりますが、燃焼の違いによる差を排除するためにSIWiebe燃焼モデルで燃焼を固定し、かつ燃料の熱量がガソリンと水素で同じになるように調整しています。実機では燃料の違いで燃焼が変わるため、このような検討は不可能です。シミュレーションならではのトライではないでしょうか。

 噴射タイミング検討結果

噴射タイミング検討結果

 

Base:GasolineとH2:Baseの結果は吸気行程噴射、H2:-150CA/-50CAは圧縮工程噴射で、噴射開始タイミングが異なります。Base:GasolineとBase:H2を比較すると、BMEP(トルク)が大きく下がっていることがわかります。原因は体積効率が下がったためで、吸気行程中にガスの水素を噴射したため筒内のガスボリュームが増え、吸気が阻害されています。ガソリンは液体なので吸気を阻害することはありません。一方で、吸気バルブクローズ後の圧縮工程で噴射したケースでは、BMEPの低下は小さくなりましたが、図示効率が悪化してしまいました。これだけ見るとH2 ICEはあまり期待できそうもないという結論になりそうですが、LogPVで確認すると、悪化の原因は噴射による圧力の上昇にあることがわかります。-50CASOIの水素噴射と吸気工程噴射のガソリンを比較すると、圧縮工程での水素噴射によって筒内圧が上昇し、この分だけガソリンに比較して利得が小さくなっています。この結果から、H2 ICEで熱効率を上昇させるには、燃焼部分だけでなく、水素の噴射が重要だと言えます。基本的にはできるだけ点火に近いか、TDC近くで噴射することが望ましいのではないでしょうか。

ガソリンと水素のLogPV

ガソリンと水素のLogPV

 

2.H2 ICEの最適化

噴射の検討だけではおもしろくありませんので、このエンジンモデルを熱効率最大化で最適化してみました。最適化の対象は吸排バルブタイミングと点火タイミング、λ、圧縮比で、GT-SUITEのIDO(Integrated Design Optimizer)を使用しました。

ベースとしたエンジンが、吸気バルブ早閉じのミラーサイクルエンジンで、ガソリンでも図示熱効率が40%弱でしたのでゲインは大きくありませんが、最適化した結果では図示効率が43%、λ=2.35となりました。ベースに比較すると当然ではありますが圧縮が大きめです。このモデルではSITurbモデルを使用しており、パラメータはガソリンで実測に同定済です。ガソリンではストイキで20CA程度ですが、λ=2.35とSupper Leanは、10-90%燃焼期間が10CA弱と非常に高速な燃焼になっていることがわかりました。実際にはこれに、KnockやNOxなどを指標に加えて検討する必要があるかと思いますが、シミュレーションモデルを使用することによって、こういった検討を比較的短時間で行うことができます。

H2 ICE開発の課題

前述のような検討から、燃焼部分だけでなく、H2 ICEの開発をする上での他の課題も見えてきました。

先ほどの最適化のケースでは、水素の噴射期間の設定は、約5CAで点火の直前に噴射するように設定しており、この数字は約20MPaの圧力で噴射して、適切な噴射システムであれば可能な程度だと計算しています。例えばMIRAIでは、水素タンク圧は満充填で70MPaだということですので、ここから減圧して使うと、20MPa/70MPa=28%程度の燃料が使えないことになります。これでは折角の水素が無駄になってしまいますので、もう少し減圧したい所ですが、減圧すると噴射期間が長くなります。点火前に燃料が存在する期間が長くなると、熱効率だけでなく、プレイグニッションのリスクが大きくなるという問題が発生しますので、場合によっては途中で水素タンクからコンプレッサーで圧送する必要があるかもしれません。このように、インジェクターと燃料供給ラインのシステムを検討する必要がありそうです。ここでは詳細はお話しませんが、タンクからインジェクターまでのシステムを GT-SUITEでモデル化することができます。

インジェクターモデルを例にすると、供給システムに含まれるパイプ、減圧弁などの弁、コンプレッサー、タンクなどの細部をモデル化します。燃焼でもNOxを生じないように運転できればいいのですが、最適化結果のλ=2.35といった高負荷領域では、そもそも燃料熱量が足りないためλを少し下げた(燃料を少し濃くした)運転となります。このような条件ではNOxが発生するため、浄化するための触媒が必要ですが、H2 ICEでは従来の三元触媒は使えませんのでSCRやHydrogen DeNOx触媒が必要です。また、Supper Leanで負荷の高い運転では多くの空気を必要とするため、過給システムも検討しなければなりませんが、触媒や過給システムについては従来のガソリンやディーゼルで使用されていたものと同じようなモデルで検討することができます。

まとめ

H2 ICEを対象としたGT-SUITEのソリューションについてご紹介しました。

H2 ICEそのものが既存の内燃機関の技術を応用できるのと同じように、シミュレーションモデルでも既存のモデルを応用して燃料を水素に置換することで、従来のガソリンやディーゼルと同様に様々な検討が可能になるものと考えています。水素燃料は、知見や経験、実測などのデータがまだまだ不足していますので、このような状況ではシミュレーションモデルを使用したMBDが非常に有効な手段になるのではないでしょうか。

H2 ICEに限らず、FCVやEV、HEV/PHEVなどのシミュレーションにご興味がございましたら、下記までお気軽にお問い合わせいただければ幸いです。

 

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