沸騰現象を含んだ鉄板冷却のプロセスをCFDで再現(その1)
皆さま、こんにちは。
IDAJの伊藤です。
CFD(Computational Fluid Dynamics:計算流体力学)は、産業界において設計支援ツールの一つとして、すでに広く活用されていますが、実はまだ活用が十分に進んでいない分野も存在します。
また、CFDも単純に計算して結果を得るだけではなく、より実践的に、設計製造プロセスへ貢献することができるソリューションとしての期待が高まっています。
沸騰モデルそのものは、汎用の熱流体解析ソフトウェアに搭載されていることが多く、また、沸騰自体が身の回りにありふれている現象だということもあり、一見すると特別珍しい物理モデルではないように思えます。しかし、沸騰は実際には大変複雑な現象で、いまだに経験則によるところの大きい、伝熱工学の中でも重要な研究分野の一つですので、CFDの計算においても相変化を伴う難易度の高い計算になります。
沸騰現象は、一般に加熱壁と流体の温度差の低い順に、サブクール沸騰、核沸騰、遷移沸騰、膜沸騰に分類されますが、市販のCFDソフトウェアで実際に計算が可能なのは、サブクール沸騰から核沸騰にかけての領域であり、それ以上温度差が大きい領域ではその計算自体が困難になってしまいます。そこで、Icon社とIDAJで開発しているオープンソースベース汎用CFDソフトウェア「iconCFD」では、汎用CFDソフトウェアではカバーしきれない沸騰現象をシミュレーションできるよう、機能開発を進めました。
ここでは、iconCFDの沸騰解析機能を検証した内容をご紹介したいと思います。
検証対象の概略
800℃に加熱したステンレス鋼板(150mm×10mm)を水噴流で冷却し、70℃、50℃、30℃といった水温違いによる冷却挙動の差異を確認します。
出典:「高温鋼板の円形水噴流冷却のVOF シミュレーションと検証実験」山神 成正、修士論文、東京大学(2003)
実験装置の概要は、Fig.3.1にあります。
本現象が計算的に難しい理由とシミュレーションが可能となった場合のメリットは?
(計算的に難しい理由)
・水と高温鋼板の温度差が700℃以上になり、最初に水流が高温鋼板に衝突する際に相変化を伴った急激な温度降下が発生する
・温度差が大きい場合には膜沸騰が発生する
・実際は、予熱領域、核沸騰領域、膜沸騰領域が混在する(前出論文 Fig.4.10)
・発生した蒸気は水流と混合することによって凝縮が発生する
・相変化に伴う大きな密度変化が発生する
⇒熱バランスを保ちながら、安定に解くことが難しい計算です。
(シミュレーションが可能となった場合のメリット)
・これまで、CFD適用が難しかった分野にも適用できるようになります。
例:焼きいれ工程から製造プロセスの一環で必要な一工程への適用(降温速度:170℃/sec以上)
解析領域と解析メッシュ
この現象を対象としたシミュレーションに取り掛かりましょう。
ノズルから加熱鋼板まで含む領域を解析領域とし、メッシュ生成にはiconHexMeshを使用しました。
ノズル径:Φ6mm
ノズル出口から加熱鋼板の距離:150mm
総メッシュ数:894,124(流体領域:757,500、固体領域:136,624)
物理モデル
ソルバーに使用したiconCFDバージョンは、3.3.14(ソルバー名称:idajChtMixingInterPimpleFoam)で、非定常計算を実施します。
・基礎方程式(固体側は、エネルギー方程式のみ考慮)
-連続の式
-Navier-Stokes式
-エネルギー方程式
-体積分率の輸送方程式(VOF法)←水、水蒸気および空気の3相
・乱流モデル:k-ωSST
・相変化モデル
-媒体中における相変化モデル
-沸騰曲線ベースの壁面沸騰モデル
沸騰モデルの概要
iconCFDに搭載している沸騰モデルは、大きく分けて以下の2つです。
・媒体中における相変化モデル
-各流体セルにセル温度と飽和温度の差異を計算
-セル温度 > 飽和温度:蒸発
-セル温度 < 飽和温度:凝縮
・沸騰曲線ベースの壁面沸騰モデル
-Rohsenowモデルによって沸騰熱流束を算出(下図)
-臨界熱流束(バーンアウトによる熱流束の制限)を考慮可能
-実際には、沸騰熱流束+対流熱流束の総和として、壁面を通過する全熱流束とする
-全熱流束は、昇温に寄与する熱流束+相変化に寄与する熱流束に判別され、輸送方程式の生成項に与えられる
物性値の設定
・水
基準密度:958.4 kg/m3
分子粘性係数: 2.82e-4 Pa sec
比熱:4217 J/(kg K)
熱伝導率:0.682 W/(m K)
表面張力:0.0589 N/m
飽和温度:373.15 K
蒸発潜熱:2256000 J/kg
・鋼板(SUS304)
密度、比熱、熱伝導率:温度多項式(下図)
・水蒸気
密度:理想気体の状態方程式
分子量:18 kg/kmol
分子粘性係数: 1.18e-4 Pa sec
比熱:2077 J/(kg K)
熱伝導率:0.0251 W/(m K)
・空気
密度:理想気体の状態方程式
分子量:28.9 kg/kmol
分子粘性係数: 2.685e-5 Pa sec
比熱:1007 J/(kg K)
熱伝導率:0.02645 W/(m K)
計算条件と計算時間
水噴流は、水温違いの以下3水準について計算し、実測結果の固体温度と比較します。
水温:30℃、50℃、70℃
水の体積流量:10 l/min
鋼板初期温度:800℃均一
周囲空気温度:30℃
圧力:大気圧(101325Pa)
計算環境::Intel(R) Xeon(R) CPU E5645@2.40GHz 12Core
水温30℃ ⇒ 11.9日、水温50℃ ⇒ 10.5日、水温70℃ ⇒ 10.3日
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