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Case Study実績・お客様事例

デンソー 様(IDAJ news vol.97)

Simcenter Flotherm™を活用してモデルベース開発(MBD)による熱設計のフロントローディングを実現

株式会社 デンソー 基盤ハードウェア開発部 構造技術開発室 様
IDAJ news vol.97お客様紹介コーナーより抜粋
発行日 2019年9月

解析種別:過渡解析
課題等:ECU回路、モデルベース開発、MBD、熱回路抵抗値、素子温度変化

省略
素子モデル作成のプロジェクト立ち上げ当初から、量産設計の開発工程に組み込むことができるよう、短時間での計算が可能で、かつ設計者が判断するに十分な精度を持つモデルの構築を常に念頭におかれており、弊社もそのお手伝いをさせていただいてきました。DNRC(註:Detailed Network RC)モデルやDSRC(註:Data Sheet RC)モデルは、その中で作成されたモデルですね。また、このモデルにご興味がある他社様向けに「誰でも作れる“DNRC/DSRCモデル”セミナー」もご一緒に開催させていただきました。
はい、そうですね。自動車メーカー5社、電機メーカー2社、半導体メーカー5社にご参加いただきました。皆さん、同じようなお考えでいらっしゃることがわかって、大変嬉しく思いました。セミナーのテーマは、MBDを推進するにあたり最も重要である「半導体パッケージ熱モデル」と、過渡計算に対応する「過渡熱素子モデル( 註:DNRC/DSRCモデル)」としました。
DNRCモデルは、T3STERによる一次元の実測データから出力された熱回路と、形状や目的に合わせて追加された熱回路によって構成されており、高精度な過渡熱解析を実現しています。もう一つのDSRCモデルは、半導体メーカーのデータシートに記載されている過渡熱抵抗グラフを利用して、過渡熱特性を再現したモデルです。
DNRC/DSRCモデルはいずれも、プリント基板やはんだなどの素子の境界面部分について、熱回路抵抗値と容量が実測値と合致するようにmodeFRONTIERをはじめとする最適化ツールを用いてフィッティングして完成させます。 これらのモデルには、同じ熱回路トポロジーを適応させることができるのがミソです。
過渡熱解析ができるということは、ECU回路の過渡的な制御変化を検討するときに、熱も同時に検討できることになります。これは自動車メーカーとECUのサプライヤーメーカーが、共通のモデルを活用して検討できるということを意味しており、モデルベース開発実現のための基盤技術であると考えています。
図1 過渡熱解析モデルの必要性
図2 DNRC/DSRCモデルの概要
IDAJのカンファレンスでこの内容をご紹介したら、DNRCモデルの作成方法についていくつか質問を受けましたので、ここで読者の皆様に簡単にご説明させていただきたいと思います。
まず、T3STERによる測定から得られた構造関数より、ジャンクションからチップ近傍までの任意の範囲の熱回路網を抽出します。任意の範囲には基板などの影響を受けない箇所を選ぶことがポイントです。次に半導体パッケージの放熱経路を参考に、ジャンクション以外で温度を予測する位置を含んだ任意のノードと、熱回路網の構造(註:トポロジー)を先ほどご説明した熱回路網に追加することで、半導体パッケージ全体の熱回路網を決定します。この熱回路網のトポロジーは半導体パッケージのタイプが共通であれば同じものを使える可能性もあります。ただし、T3STERの測定結果に追加した熱回路網の熱抵抗と熱容量の値は不明であるため、最適化ツールを利用して、実測したジャンクションと任意の温度測定位置における温度の時間変化が、DRNCモデルでの温度予測と合うように、熱抵抗と熱容量を合わせ込むという最適化を実施してから半導体パッケージ熱モデルを完成させます。このとき、過渡解析における解析精度を担保するために、最適化の目的関数をマイクロ秒領域、ミリ秒領域秒領域に分けて最適化するなどの工夫をほどこしました。
このような手順でDNRCモデルは作成されますが、特に最適化工程に関してはmodeFRONTIERでワークフローを作成し、自動実行することにより作業の効率化を実現しました。
図3 T3STERを活用した過渡熱解析DNRCモデルの開発
図4 MOSFETの熱回路モデル
半導体の発熱量を把握せずに製品設計を進めるということは、約半年かけて設計した基板を改めて一から設計し直すかもしれないという不安を抱えているような状況と同じです。したがって試作のECUがあるのであれば、発熱量を実測していました。しかし今は、自動車技術会で推進しているVHDL-AMS言語等の回路シミュレーションモデルを利用して、発熱量を算出しています。
この回路シミュレーションに加えて、T3STERとSimcenterFlotherm(以下 Flotherm)を用いた熱解析が有効です。半導体の熱抵抗、熱容量にT3STERの測定値を実装しますので、回路設計者と機械設計者が算出するジャンクション温度が一致するようになります。というのも「熱」というと機械設計者は筐体や空気の温度を基準に検討していましたが、T3STERデータやメーカー保証値の過渡熱を利用した半導体のジャンクション温度の基準ができてからは、その温度を共通の指標として機械設計者と回
路設計者が議論することができるようになりました。これもモデルベース開発の一つの成果だと思います。
将来的にはこのT3STERの過渡熱データや、半導体メーカーの保証値である過渡熱抵抗データをベースに、自動車の制御変化に伴う素子温度変化を確認しながら設計をする時代になっていくだろうと予想しています。

トライ&エラーのための試作は「0(ゼロ)」を目標

過渡の素子温度変化が高精度に予測できることは非常に画期的なことですね!
ここでぜひご紹介いただきたいのが、設計初期に熱設計を取り入れたことによる効率化の結果です。シミュレーションモデルの高精度化と熱技術によるプロセス革新で、劇的な成果をあげていらっしゃいます。
2000年当初より、ECUの増加や搭載環境の厳しさが増すことは予想できていたことですので、「実験のみのトライ&エラーでは、設計が間に合わず、実験を置き換えられる技術が必ず必要になるはずだ」と考えていました。また当時の「シミュレーションしている時間があれば、モノを作って実験したほうが早い」という考え方が一般的だった頃から、私は“試作レス”を目指してきました。そのためのモデルの高精度化であり、すべての素子やプリント基板などあらゆるモデル情報を設定し、より実験に近い仮想技術の構築が必須だと信じてきました。
Flothermを活用した結果、2006年時点では100%が実験で行われていたものが、現在は、トライアンドエラーでの実験「0(ゼロ)」を目標に、納入前に問題がないことを確認する品質確認実験だけを実施し、「一度で判定基準を満足することが普通」という状態に限りなく近づいています。このおかげで、部品選定や制御ソフトウェアの開発などを効率よくかつ適切に行うことができるようになりました。これも機械工学的な視点から見た定常計算ではなく、電気工学的に必要な時間変化を取り入れた過渡計算(註:非定常計算)が現実的に可能になったからだと思います。
メリットはこれだけではありません。Flothermを導入する以前は、回路設計、プリント基板のパターン設計、製造、部品の実装、チェック、そして最終的にはそれらを動かすソフトウェアが完成した後に、熱に関する実験を行っていました。その工程には6ヶ月程度を要し、したがって熱の課題が発覚するのが6ヶ月後ということが多々ありました。さらに放熱技術を高めるための手段は実験によるトライ&エラーで多大な時間と費用を伴う状況にありました。Flothermをフロアプラン(註:パターン設計)の段階で活用することで、放熱に関する課題を設計上流で取り除くことができ、プリント基板の設計手戻りを大幅に減っています。
弊社のお客様であるカーメーカー様から設計の成立性を問われた時にも、これまで最短でも6か月後でなければ回答できなかったことが、Flothermを活用すれば数日のうちに回答することができ、そのFlothermのモデルをベースとした設計のすり合わせやチューニングに時間をかけることができます。まさにフロントローディングを実現することができました。
図5 プロセス革新による成果
デンソー様ではなぜこのような成果を収めることができたのか、実験中心であった熱技術のプロセス変革実現までの道のりやポイントなどをご紹介いただけませんでしょうか?
弊社内で熱設計が広まったポイントは大きく三つあります。
一つ目は、先ほどご説明したように、プリント基板設計におけるフロアプランの工程で熱設計を適用したことです。1日のうちにミニマム、ティピカル、マキシマムの3水準を計算し、設計判断ができるように設計者の作業工程に合わせ、フロアプランの段階で熱解析を行うことの効果を、電気設計者が肌で感じることができた点が大きかったと思います。
二つ目は、電気設計と機械設計の両セクションで熱設計を推進したことです。熱解析を行う上で、基板の熱源である素子の情報が非常に重要であることを実感していました。そこで、その情報を得るために回路設計者や電気系エンジニアとコミュニケーションをとり、様々な設計情報を整理して機械設計者とシミュレーションを実施します。その効果を電気系のエンジニアにフィードバックすることで、自然と熱解析が社内に広まっていきました。
そして三つ目は、Flothermを用いて高精度な熱シミュレーションを実現したことです。実際の製品設計でシミュレーションを活用するには、プリント基板の配線パターン設計のタイミングに間に合わせることがポイントだとわかっていましたので、そのためには妥協せず、とことん精度を追求しました。
長らくFlothermをご利用いただいていますが、率直なご感想をお聞かせいただけますか。
Flothermは製品コンセプトが電子機器の熱設計をターゲットにしていますので、高精度なジャンクション温度の解析を実現するために、素子の内部熱抵抗をモデル化するSimcenterFlotherm Pack(以下 Flotherm Pack)、基板CADから配線パターンを取り込んで熱伝導をモデル化する、積層構造やビアの構造をモデル化するといった各種機能が充実しています。さらに、解析ツール利用のハードルをさげてくれる、一瞬でメッシュ生成が完了する完全自動メッシュ、標準で搭載されている数多くの電子部品データライブラリ、各種サプライヤーからの部品ライブラリなど簡単に解析を実行するためのプリ機能をはじめとする、電子機器設計者が熱解析を行うことをサポートするコンセプトにも大いに共感するところです。また、解析アルゴリズムは熱解析に最適化されたものが搭載されていますので、解析時間が早く、特に過渡解析を高速に実行できることが大きなアドバンテージであり魅力となっています。
過渡的に動作する部品は、その熱変化の積み重ねの範囲で熱設計が成立すれば良いのですが、これまでは過渡的な温度変化の予測が困難で定常解析の結果に概算マージンを乗せていることが多かったのです。一般的に、マージンが過剰となり、設計に時間がかかったり、コストを釣り上げていた可能性も今となっては否定できません。
弊社でも過渡計算が課題の一つとなっていましたので、熱解析の全社標準ツールの選定にあたって実施したベンチマークでは、過渡計算の問題も対象としました。コストをさげるためにはマージンを減らした最適設計が必要で、例えば、実際の運転パターンにあたるドライブサイクルにおけるジャンクション温度を正確に時間ごとに評価するための過渡熱シミュレーションを行わなければなりません。今は、過渡熱シミュレーションを実行して自動車のドライブサイクルに合わせてECU熱性能を解析できるようになり、より攻めた設計ができるようになりました。
過渡熱解析には高精度な半導体パッケージモデルが不可欠で、これにはFlotherm Packを活用しています。30種類以上の半導体パッケージタイプがサポートされていますので、詳細モデルや熱抵抗モデルをダウンロードするだけで使うことができて大変便利ですし、工数の削減にも寄与してくれます。
今も、Flothermを採用したことに間違いはなかったと思っています。狭い空間に小型化した部品がひしめき合っている状況では、熱伝導によって放熱するしかなく、配線に沿って熱を逃がすというのが現在の設計の主流です。こんなシミュレーションを容易にする配線パターンを簡単にモデル化する機能も、私たちユーザーの声が聞き入れられ、10年ほど前にFlothermに追加されました。
実験で電圧を変えて発熱量を少しずつ上げながら、シミュレーションを合わせ、合わないモデルの問題点を探しては潰していくという作業は正直とても面倒でしたが、実験とシミュレーションの合わせ込みは、私が一番取り組みたかった研究でしたし、このおかげで様々なデータを集めることもできました。
2006年から数えてもすでに13年が経過していますが、これらの地道な作業や取り組みの結果、±10%以内に収まる熱解析のノウハウを獲得することができました。今は、全社へこの技術を展開するのと同時に、約50部署の80名が参加する熱技術の委員会を立ち上げてさらなる技術深耕を推進しています。
私の実施したかった世界をFlothermを用いることで実現することができました。

モデルベース開発の推進にモデルの高精度化は不可欠。そのためには、OEMや部品メーカー、ソフトウェアベンダーの協力が非常に重要

Flotherm Packは欧米の部品メーカーが電子機器の熱設計のために部品モデルを研究した成果が製品化されていますので、多くの部品メーカーの知見が集約されており、その便利さには定評があります。また、Flothermも機能的にかなり成熟した製品ではありますが、お客様のご要望やご利用シーンなどを考慮した開発を継続しています。
各社ごとにご事情は異なるとは思いますが、かつてのデンソー様と同じような課題をお持ちのお客様もご参考にしていただける部分が多かったのではないかと思います。
弊社のようなプロセスを構築することは、組織や作業工程を見直せば不可能なことではないと思います。もちろんその実現には、私が経験してきたような、またはそれ以上のご苦労が多いかもしれません。DNRC/DSRCモデルはそんな同じ設計者の皆さんを少しでもご支援させていただくための一つになるかと考えています。製品設計においては、具体的で複合的な、いくつもの技術要素が絡みあって進められるべきであり、別々の問題として論じていては品質においても、価格競争においても国際競争力を獲得することができないのではないでしょうか。
省略

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